1.
君はずいぶんとおかしなことを言う。試しに、君が言ったばかりの言葉を、繰り返してみる。
「君の代わりに、伝えにきた」
俺が繰り返した君の言葉に、君は同意する。「そう、あなたの代わりに」二人称が変わる。ところで、君は誰だ?
「あなたは、椎名くんでしょ?」
俺の名前を知っている君は、誰なんだ?
「この町で、君の名前を知らない人は誰もいなかった。10年前なら」
10年前なら。
「いろんな人がいたね。朱色の音符に歌を乗せる人、誰よりもキスが早い人」
「ペットボトルの中に人をみる男」
「その人は、知らない」
「そうか。君が話した二人なら知ってるよ」
10年前の、だけれど。今、どこで何をやっているのかは知らない。
「ギターレスバンドのレンは知っている?」
「知ってる」
「レンにギターがいない理由は?」
「知ってる」
「じゃあ、見えないけれど聞こえる人のことは?」
「知っている」
「彼を、助けてほしい」
「君は、彼の友達? 恋人?」
「知らない。いや、分からない」
「君の名前は?」
「答えたくない」
「俺も答えたくないときがある。理由を訊いてもいい?」
「比べられたくないから。椎名くんは煙草やめたの?」
名乗ることが、比較の始まりに? よく分からない。
「やめてない。仕事中は吸えない」
「何時に終わるの?」
午前5時、俺は答えた。君は、酒代をカウンターに置く。水曜日の午前2時、客は君の他には誰もいなかった。
「朝ご飯か昼ご飯を一緒に食べよう」
「俺が眠いなら昼まで待つという意味?」
「うん」
「君が眠くないなら朝ご飯を食べよう。どこがいい?」
「東口にある喫茶アカツキは知ってる?」
「知ってる」
「そこで待ってる」
「ここじゃ駄目? 他に誰もいないし」
「あなたを探すために、だいぶ寝ていない。少し休みたい。けれど、ここで寝るのは嫌」
「ソファの一つでもあればいいんだけどね」
「そういう問題じゃない。けれど、ありがとう。本当は、お酒も苦手」
席を立ち、店を出る君の背中をみる。もう一度、君の言葉について考える。
君の代わりに、伝えに来た。
俺の代わりに? 君が?
どのような状況なら、成立するだろうか。しばらく考えたけれど、分からなかった。